日本人は、スピーチを言い訳で始める。
 「諸先輩がいらっしゃるのに、若輩者が失礼ですが」 「本日は社長が出席する予定でしたが、所用の為欠席ですので」の類である。欧米では「サンキューチェアマン」という紹介へのお礼に続き、知恵を絞ったユーモアで始まる。英国のチャールズ皇太子は、自らの職業を「世界最古の商売」と紹介したことがある。″春をひさぐ”生業と並ぶ古さを強調した、意外性のある話の切り出しに聴衆は惹きこまれていった。 日本ではユーモアに対する許容度はいささか狭い。タイミングや場所柄をわきまえていないと、軽いジョークでは笑ってもらえないどころか、後で非難されることさえある。その点、アメリカなら寛容だ。 関西経済同友会とハーバード大学とのシンポジウムで私が開会挨拶をした時のこと。ちょうど森内閣の末期であり、アメリカでは大統領選挙でプッシュとゴアの開票結果が競り合って、結果が判然としない時期であった。「日本の政局は森をさまよっている。一方、アメリカもプッシュ(薮)の中に迷い込んだ状態である」と始めて大受けした思い出がある。会場の緊張感は一気に和らぎ、その後の議論も活発なものになった。ユーモア精神を発揮すれば、失敗を癒す事も出来る。ある中学校のPTA会長として、文化祭に出席した時の事である。一年生全員が手作りの菊を出品して、自作の俳句を添えていた。中に人目につくほど貧弱な菊があった。内心、「なんだ、これは」と思いながら短冊を見て思わず唸った。 何もせず 水もやらずで 寸足らず   貧弱な菊があいきょうものに見えた。 サントリー相談役 津田和明氏

農耕民族たるアジア人は四季に合わせて精密で過酷な多くの作業の中にどっぷり身をおいてきており、この習慣が長い間に生真面目すぎるTension 民族を生んだ」と考えている。 The agricultural tribes could not escape from the tention, which would prevent the free thinking which is the basis of humor. August 14, 2003

日本人は何故ユーモアのセンスが欠如?しているのか。 
The God of humor dislikes Japanese people ?


花咲爺の落書帳