しかし数メガバイトの情報を扱うのにこんなに苦労するインターネットの現状が情けない。現在のBroadbandはまだ幼稚園! Broadbandの名前を使うのは片腹痛い?
低速回線ご使用の方で高品質画像をお試しになる方は、File名を右クリックして「対象をファイルに保存」を選んでHDDに取り込んでからお楽しみ下さい。大分時間はかかると思います。
ご注意:Broadband伝送実験用3.6メガバイト !
ヒット曲「お坊さんにあこがれて、お寺に入ったのお」Obou-medium.mov
下記のObou-low.mpg をクリックして、すばらしいコンサートの一端を垣間見てください。なお、インターネット技術の限界があり、大きな容量をつかえませんので、画像が小さく、品質もいまひとつですので、ご了承下さい。
ヒット曲「お坊さんにあこがれて、お寺に入ったのお」 Obou-low.mpg
鈴木さま、天白さま、動画を中心に撮ったので、またフラッシュを遠慮しましたので、あまり良い写真が載せられなくてすみません。
途中で一度電源がすっとんだくらい、しかけも半端でなく、質の高い音楽がすごい音量で浄栄寺の本堂にこだまし、集まった信徒、檀徒、来賓の方々を魅了した。正直僧侶のかたがたがライブコンサート?という思い込みがあったが、鈴木君代さんの「かたり」を聞き進むうちに、僧侶も生身の人間である、いや生身の人間だから人を導くことができるのだと、あたりまえのことを再認識させてもらった。音楽という手段を通じて、浄土から皆に問いかけをくれたようであった。
終わって、交歓の集いの際、人々は、コンサートの感動を口々にお二人を前に語ったが、私も、キリスト教に比べて、仏教は音楽の利用の仕方が遅れている。もっと色々な局面で音楽をとりいれるべきで、本日のコンサートはその意味で意義が大きなものだった」と述べさせてもらった。
鈴木君代さんは、この8月にNHKにより、1ヶ月日本全国で活動の模様を取材を受け、ドキューメンタリーとして放映され、大きな反響を呼んだ。それもそのはず、うら若き娘が、「お坊さんにあこがれてお寺に入ったの」と自分の体験を綴ったすばらしい自作の歌を唄うのを聞き、誰もが「まじ〜???、すご〜い!!」ということになる。この歌はヒットするね。ブロードバンドがもう少し進んだら、お二人が演奏する「お寺にはいったの」というすばらしい曲を、このページに貼り付けて皆様にもきいていただくこととしたい。
鈴木君代さん、大谷大学で軽音楽部に入り、卒業後東本願寺に勤務しがてら、京都市内を中心にライブ活動を続けている。宗派の報恩講などに呼ばれて、コンサートを開催している。「お坊さんにあこがれてお寺に入ったの」、いのちの花をさかせよう」など本音を語ったオリジナル曲や、演歌、歌謡曲、唱歌、童謡、などあらゆる曲を自分なりにアレンジして歌いこなす。ハイトーンの声が魅力的。示唆にとみ、ユーモアセンス溢れる軽妙なかたりも絶品。
天白真央(まさひろ)さん、大谷大学卒。岡崎市の浄妙寺僧侶。華麗なピアノ演奏はもとより、シンセサイザーを駆使したアレンジャーとして活躍。鈴木君代とのコンビでライブ活動を続け、近藤龍麿と出会い、「蓮如挽歌」を共同制作する。仏教賛歌を現代的な音楽センスで荘重かつソウルフルに演奏する。
鈴木君代・天白真央ライブコンサート in 浄栄寺報恩講
和田先生は今年85歳になられ、東本願寺の修練道場長を長年務められた碩学で、その講話は広く、深く、拝聴するたびに目から鱗が落ちる思いである。
本日は浄土真宗の「浄土」の意味について、訓話をいただいた。大変むつかしい話であった。実は浄土を問題にしている、人間こそが問題なのだ」というところから入られた。

ここに書けば書くほど私がよく理解出来ていないことを暴露してしまうのだが、概略下記のようなことを理解したつもりである。
1、浄土とは「仏様のおかげで、家族皆息災に暮らさせていただいています」といった、マイホーム的喜びとは異なる。
2、浄土とは答えではなく、問いなのである。「答え」というものは各人各様、自分の器に会ったイメージを作り上げることであり、人との差別化があり、小さい。問いは計り知れない。
3、命あるもの、無いものも全て含む存在=衆生、この衆生が全て、差別無く、同じように帰っていくべき魂の故郷のようなもので、衆生にそうさせる「働き」は問いかけであり、答えが出ないものなのである。浄土は色もなければ形も無い。どんな所にも入り込んで働いてください。
花咲爺には極めて抽象的な概念だと思われた。

勤行開始直前の内陣の姿。
開講に先立ちご挨拶される浄栄寺蒲信一住職
報恩講の準備整った、横須賀市の蒲公山浄栄寺
横須賀の蒲公山浄栄寺は花咲爺家がお世話になっているお寺です。報恩講とは宗祖親鸞聖人さまの命日を前に、宗祖の徳をしのび、教えを確認するためのいわば法事であり、全国のいや、世界の浄土真宗の門徒、檀徒にとって最も重要な年間行事であります。浄栄寺では、今年は11月7日、8日の両日にわたり報恩講が開かれました。今年は特に住職先生が「浄土」とは何か、これを考える場にしては、ということで、浄土真宗の碩学和田稠先生のご講話や今年初めてのこころみとしての、一門の音楽家によるライブ演奏などがありました。
浄土真宗大谷派、浄栄寺で報恩講の逮夜に参加してきました。